創業100周年の歩み

大正10年1月
創業
樽本商店として神戸の地にて創業 (創業者 樽本 寅松)
昭和11年4月 2月 二・二六事件
設立

株式会社 樽本商店を設立
相生工場にて伸鉄圧延事業展開

昭和18年7月 イタリアが連合国に降伏
組織変更

樽本産業株式会社 取締役社長 樽本辰造(神戸市兵庫区川崎町93番地)
営業の拡大に伴う組織変更

昭和26年 サンフランシスコ講和条約
系列会社設立

神戸ドラム缶工業株式会社(昭和16)(現樽本産業株式会社)
大一株式会社 代表取締役 樽本久(大阪西区北境川3丁目)
大阪営業所 呉営業所設置

昭和30年頃 昭和31年 国連加盟、昭和33年 東京タワー完成

樽本汽船株式会社(神戸市生田区栄町通2丁目)
株式会社呉造船所にて2隻の船舶建造
江田島工場において老朽船解体事業展開

昭和36年2月
工場設置

川崎工業株式会社 並びに 石川島播磨重工業株式会社 の造船下請け工場として相生第1工場を新設
川崎工業株式会社 造船部材の制作、IHIのクレーン製作、自家製のクレーン製作なども手掛ける

昭和38年6月
出張所設置

尾道出張所設置

昭和38年8月
事業拡張

株式会社呉造船所の立体駐車場、ボイラ、建設機械等の建設及び据付
アフターサービス部門に事業拡張、大阪サービスセンター設置

昭和38年10月
工場設置

石川島播磨重工業株式会社の造船下請け増にともない相生第2工場増設

昭和39年4月 10月 東京オリンピック開催、東海道新幹線開業
事業拡張

株式会社呉造船所代理店としてボイラ販売、立体駐車場建設工事を開始

昭和40年1月
事業拡張

建設業者(専門工事業者)登録を受け、一般建設部門に事業拡張

昭和40年2月 6月 日韓基本条約締結
事業拡張

安田火災海上保険株式会社の代理店として新種保険代理店となる(ボイラ保険ほか)

昭和42年10月
事業拡張

東芝サービスセンターとなる

昭和44年 1月 東大安田講堂事件、7月 アポロ11号が人類初月面着陸
構鋼造物工事の設計・施工
大阪営業所 開発事業として組立式中2階制作・販売開始
(樽本産業(株)大阪営業所は(株)呉造船所大阪サービスセンター内にて代理店として営業していたが(株)呉造船所が石川島播磨重工業(株)に吸収合併され敷地、設備が樽本産業(株)に返還された為、事業拡大の一環としてスタート)
昭和40年頃
事業内容
・鉄鋼原材料の販売
・沈船の解体業務
・クレーン、立体駐車場、ボイラの販売
・造船部材、クレーン製作
・造船用鋼材販売
昭和45年7月 大阪万国博覧会(吹田市千里丘にて開催)
戦艦引き揚げ事業

広島県安芸灘付近にて、戦艦”陸奥”の引き揚げ事業に参加 (関係会社 安宅産業株式会社 株式会社深田サルベージ)
画像出典(戦艦陸奥

昭和48年10月 オイルショック、変動相場制移行
系列会社会社設立
江田島石油埠頭株式会社設立 油槽基地の操業 代表取締役 樽本久
[関係会社 安宅産業(株)→伊藤忠商事(株)](広島県安芸郡江田島町3639-3)
昭和49年4月
組織変更

樽本機工株式会社 代表取締役 樽本啓二(大阪市西区境川2丁目2番66号)
樽本産業株式会社 大阪営業所 パーキング部、クレーン部、ボイラ部を分離独立

昭和50年 5月 沖縄海洋博開催
創業者 逝去

創業者 代表取締役 樽本辰造 逝去
元樽本機工株式会社 代表取締役 樽本啓二 逝去
樽本産業株式会社 相生営業所、工場閉鎖

昭和51年 2月 ロッキード事件
組織変更

パーキング部を樽本産業株式会社 大阪営業所に返還
樽本産業株式会社 呉営業所閉鎖

平成7年 1月 阪神淡路大震災
社屋移転

樽本産業株式会社 事務所移転(神戸市中央区相生町4丁目3番地1号)

平成19年6月 郵政民営化
代表取締役 逝去

代表取締役 樽本佳郎 逝去

平成23年10月 3月 東日本大震災・津波 福島第一原子力発電所 原子炉事故発生
吸収合併 統合会社設立

樽本産業株式会社 が 樽本機工株式会社 を吸収合併統合、社名を 樽本機工株式会社 に改める

平成28年11月 熊本地震
代表取締役 逝去

代表取締役 樽本久 逝去

平成29年4月 平成31年4月 平成天皇勇返上皇へ
本社 新社屋落成

本社 新社屋落成 各組織を集約
本社、本社工場、第二工場とする

令和3月1月
創業100周年